ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
挿話その十三「レコン・キスタの胎動」アルビオンの王城ハヴィランド宮にトリステインより密使が到着したその日、同国北部にある港町ダータルネスの外れにある秘密の屋敷では、諸侯に軍人、商人や船長と、身分や役職は様々ながら志を一つにする者たち、そして彼らのまとめ役である聖職者とその秘書が会合を持っていた。 彼らは皆、現アルビオンの支配者であるテューダー朝アルビオン王国に反旗を翻すことを互いに確認しあった貴族連合『レコン・キスタ』の参加者と、その部下や協力者達である。 無論、同志の全員が参集しているわけではなく、この場へと集った者は、革命への賛同者の一角に過ぎない。 「お集まりの諸賢には今更であるが、この半年余り下準備に奔走してきた我らの計画も、いよいよ表に出す時期に来ていると思う。 そのことについて、まずは各方面の状況であるが……ミス・シェフィールド」 彼らレコン・キスタの盟主にして議長、そして総司令官でもあるオリヴァー・クロムウェルは、傍らに控える女性を振り返った。深いフードに隠されて顔は見えないが、色気のある口元が印象的である。 「はい。 北部はここダータルネスも含め、四つの街と三つの領地を押さえております。特にスターリング侯爵閣下のお力添えもあって、竜騎士隊をほぼ掌握できたことはまことに喜ばしいことです。 中央部と東部は補給処となりそうな村を幾つか押さえることは出来ましたが、今のところ大軍を動かしたりすることは出来ません。むしろ、王都ロンディニウムに気付かれずにここまで事を進められたことこそが、評価に値すると思われます」 「うむ、北は元より我らの影響力も大きく、テューダー家に対する反抗心も強い土地柄であるからな」 名前の出されたスターリング侯爵が、髭をしごきながら鷹揚に頷く。 「西部はダンスター伯爵閣下を中心に諸侯の皆様方の結束が強く、西部地域のみに限るならば王党派を大きく上回る力があります。 南部については、アルビオン最大の軍港ロサイスを内部から調略する方向で徐々に勢力を伸ばしております」 「それは重畳」 「一筋縄では行かぬであろうが、着実な歩みですな」 ダンスター伯はこの場には居ないが、代わりに西部に所領を持つ諸侯が頷いた。 「他に懸念材料はあるかね、ミス・シェフィールド?」 「今のところ、こちらの想定を大きく越えるような報告は入っておりません。 王党派も諸外国も、昨年来続く内乱は、収束したものと判断しているようです。 王党派は軍の再建に忙しく、大きな作戦に連続して耐える力はまだありません。 トリステインとガリアは空海賊退治、ゲルマニアは国境紛争にと、それぞれ忙しいようです。 ロマリアは指導者こそ代替わりしましたが、概ねこれまで通りかと」 続けて詳細な内容がシェフィールドの口から語られたが、書面などは配られない。反抗の狼煙を上げた後ならばともかく、今は会議をした証拠すら残してはならなかった。 レコン・キスタの実際の活動は、これまでのところ武器弾薬に食料、小は驢馬車から大はフネ、そして貴族に軍人に傭兵に技師、船員、工員など、ありとあらゆるものをかき集め、あるいは取り込むことに集約されていた。基本に忠実な、手堅い方針である。テューダー王家を上回る軍事力を揃えることが、即ち勝利への近道であるとクロムウェルは説いた。 時折王政府や王軍に対し揺さぶりをかけてみることもあるが、使い捨ての傭兵を雇い、或いは空賊を引き入れて、民心の不安を煽り王軍を多少疲弊させる程度のものだ。レコン・キスタが本気を見せたことは、結成以来一度もない。本気を見せる時、それはテューダー王家の崩壊を告げる角笛となるだろう。 クロムウェルはそれぞれから提案や意見、問題点を聞き取り、議論を進めていった。烏合の衆でこそないものの、操り人形も同然であるスターリング侯爵ら幾人か以外は、クロムウェルへの忠誠心はほぼない。彼らの殆どは、テューダー王家への憎悪や、それ以上に革命後の実益を求めてレコン・キスタへと参加している。故に、形だけでも議論をして見せた上で、利害の調整に気を配った裁定を下すことが必要だった。 もっとも、クロムウェルの影響力は徐々に大きくなってきているし、その手のひらの上で踊っていることには変わりないから、いい面の皮である。 「では議長、ご確認を」 粗方の議論は出尽くしたかと、スターリング侯爵が場をまとめた。彼は実質的に、レコン・キスタの副議長のような立場にある。北部域のまとめ役も兼ねていたから、発言力も大きい。 クロムウェルは頷き返すと、皆を見回した。 「うむ。 北部域はこれまで通り、陸路空路をゆるりと締め上げて戴こう。大軍を呼び込まぬ程度にな。 採算がとれるほど費用対効果も大きい上、北部域には本革命の主戦力が隠匿されている。その時が来るまでは、目立つことは避けるべきであろうからな。 その後……ふむ、夏を目処に、今度は西部でそれなりの花火を打ち上げるのがよいだろう。詳細は追って伝えるが、こちらは空軍の漸減を目的とするから、ダンスター伯爵にはよしなに伝えてくれたまえ」 「必ず伝えます」 「ロサイスは調略を続けるが、こちらも変わらずミス・シェフィールドに一任する。 密輸にあてる商船と同時に、空賊も増やそう。 トリステインとの航路が混乱すれば、ダンスター伯爵も動きやすくなろう」 「はい、畏まりました」 「諸君、西部での戦果とロサイスの調略次第では、今年中にロンディニウムを陥落せしむるやもしれぬ。 正念場と心得てくれたまえ」 「そう言えば……閣下、よろしいでしょうか?」 「何かね、ゴドフリー君? 遠慮なく口にしたまえ」 クロムウェルは遠慮がちに手を挙げた若手の軍人に、発言を許可した。 「はい、ありがとうございます閣下。 ……先日小耳に挟んだのですが、ロサイスで建造されている超大型戦列艦、どうやら昼夜兼行で工期を繰り上げて今年半ばには就役するようです。 全長百五十メイルとも二百メイルとも噂されますが、あのような巨艦、敵に回すのはいささか厄介というもの。今のうちに破壊する、というのは如何でしょう?」 ゴドフリーは発言を終えて、周囲を見回した。 「ふむ、その話ならわしも聞いたことがあるな」 「確か、『ロイヤル・ソヴリン』号、でしたかな?」 「何でも空前絶後の巨艦で、並の戦列艦では逆立ちしても歯が立たないとか……」 「噂では、搭載する予定の大砲も船体に見合う大きな物が用意されていると聞きますぞ」 大型のフネを建造すれば、当然ながら資材も工員も大きく動く。隠し通すことは非常に難しい。予定の性能などは流石に機密であるが、実際に公試しないと正確な値は出せなかった。 フネに限らず、特に新しい技術を無理矢理用いた物には、出来上がったはいいが、実用に耐えないとして即刻後備役や訓練用に回されるものさえある。 『ロイヤル・ソヴリン』号がそうであるとは限らない。鳴り物入りで就役する巨艦が、細心の注意を払われないわけはないのだ。その大きさ故の鈍重さこそ予想は出来るが、同時に比類なき火力を備えているであろうことも想像が容易い。山ほど巨砲を積んだ難攻不落の浮かぶ要塞というだけで、十分な脅威であった。 「クロムウェル議長閣下、私は危険な芽は早めに摘み取った方が良いと思うが、どうであろう?」 スターリング侯爵の発言に賛同の声が上がったが、クロムウェルは首を縦に振らなかった。 「ふむ、余は賛成出来かねるな」 「閣下?」 会議の席に着いた者たちは、訝しげにクロムウェルを見た。 「侯爵、せっかく王党派が世界に類を見ない大きなフネを、我らのために用意してくれると言うのだ。 大人しく完成を待とうではないか。 大型艦を沈めるのは面倒でも、艦長を引き入れるなり水兵に紛れて叛乱を煽るなり、いくらでも手はあろう。 それに何より、これだけの噂に高い巨艦、我らの旗印にこそ相応しいと思わんかね?」 絶句する同志たちを見渡し、クロムウェルは自信に満ちた様子で嘯いた。 「今はこれで良いわ。 見事な演技……とまでは言わないけれど、これからも役立たずでないことを証明し続けなさい」 「はは、ありがたき幸せにございます!」 会議が終わり、参加者が散った屋敷の片隅で、クロムウェルは自らの秘書に跪いていた。先の会議で見せた堂々とした態度はどう影を潜めたものか、卑屈という表現にもまだ下があったのかと思わせるほどの変わり様である。 「今のところ計画に変更はないと、あの方も仰られているわ。 せめてテューダー朝アルビオンをこの地から消し去るまでは、無様な姿を晒さないでね、『司教』殿。 ……貴方は王になるのでしょう?」 「おお、もちろん! もちろんですとも、ミス・シェフィールド! 私は、わた、わたしは、あなたとあのお方より授かったこの力で、レコン・キスタによるハルケギニアの統一と聖地回復を成し遂げてみせます!」 這いつくばったクロムウェルの頭に、シェフィールドの足が乗せられた。 彼は喜悦の表情を浮かべ、涙を流した。 「命令に忠実で、それでいてあの方を楽しませることの出来る手駒であること。 それ以外、あの方は何もお求めにならないわ。 オリヴァー・クロムウェル、あなたは優秀な手駒かしら? 「ミス・シェフィールド! 私はあの方の優秀な手駒でありたいと、それだけを願っております!!」 額が床に接したまま、間髪入れずにクロムウェルは宣誓してみせた。 「そう、それでいいわ。 ……そうそう、あの方からご褒美よ」 酷薄な笑いを浮かべたシェフィールドの足に、更に力が込められる。 「新たにマスケット銃が二千丁と大砲が五十門。 来月にはここに届くわ。 貴方の好きにして宜しいんですって。 ついでにトリステイン航路の海賊も、数をたくさん増やして下さるそうよ。 ふふ、貴方はこれらを使って、どれだけあの方を楽しませることが出来るのかしら?」 「おお、あのお方からの! 感しゃああ! かん、か、感謝、いたします!」 犬に与えるご褒美は、多寡を過不足無く保つことが肝要である。 今日はこれまでと、シェフィールドはクロムウェルの頭を蹴り飛ばした。 ←PREV INDEX NEXT→ |