ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第八十七話「旅行と土産」ジェームズ王との謁見を早々に中断したリシャールは、エルバートの竜でバーネット空港にとって返した。活魚を土産に持ってきたと聞いたジェームズ王より、すぐに見たいとの希望が出された為である。 同じくエルバートが素早く手配した軍用の大型荷馬車数台を『ドラゴン・デュ・テーレ』に寄せ、風車や濾過器、内張りなどの余計な装備を外し、魔法で持ち上げて船外へと運び出す。発泡スチロールを使った上蓋をそのまま持っていくのは拙いかと、極薄い鉄板を錬金して蓋にしておいた。 「大騒動ですな」 「ああ艦長、助かります」 国王のお声掛かり故に急ぎであると聞いて、リシャールのみならずラ・ラメーも自ら杖を振るって作業に当たっている。領空海軍に在籍するメイジはラ・ラメーも含めて十二人、その内の九人が今回のアルビオン行きに同行していた。偏った編成だが、『お召し艦任務』同然と聞かされたラ・ラメーが事態を重く見た故である。おかげで素早い荷役も可能だ。 リシャールが選んで連れてきたメイジは、メイドのジネットも含めて全てアンリエッタとカトレア、マリーの護衛や世話役としていたから、こちらにはいない。 「それでは艦長は車列の準備が出来次第、同行してお城の方へお願いします」 「了解しました」 ラ・ラメー艦長に荷馬車への同行を命じたのは、軽く扱っていないのだぞという態度をアルビオン側に見せる必要を感じたからだ。『アン』は別格ながら客員としても、一行の中で、彼はリシャールらに次ぐ地位を持つ。 それなりの地位……とは言っても、地方諸侯配下の空海軍司令では、そう大した影響力はない。だが、幸いにしてラ・ラメーは貴族であり、更には王軍であるトリステイン空海軍の退役艦長とあれば、最低限の礼儀は互いに維持される。 後ほど来る別の荷馬車にはマスケット銃を積むようにと指示をして、リシャールは艦長らに後を任せた。 「リシャール殿、参りましょうか」 「お手数をかけます、エルバート殿」 リシャールはこれから『獅子の心』亭に戻り、宿を引き払わなくてはならないのだ。 ジェームズ王の命令には、リシャール一行の城への招待と逗留も含まれている。宿代が少々惜しかったなどと、せこい事を考えている場合ではない。アンリエッタの警護に多少の安心と余裕が出来ることは、リシャールにとってもありがたい話であった。 「きゅきゅー!」 「きゅい」 「きゅるる……。きゅ!」 「きゅる」 エルバートに先導されて城に降りたリシャールは、アーシャが何事かエルバートの騎竜に話しかけているのを横目に、ラ・ラメーを迎える為に城内を通って通用門へと向かった。韻竜たるアーシャは、普通種の竜に対して、操るとまではいかないが何かしらの意志疎通が出来るようである。トリスタニアを初めて訪れた頃、竜舎の騎竜たちを静かにさせたこともあったなと思い出す。 「しかし、リシャール殿は面白いことを考えつかれますな」 「うーん、でも難しいところなんですよ。……正直に言えば、今のところは失敗かなと思っています。 エルバート殿は船内の様子もご覧になられましたからおわかりでしょうが、活魚を遠くへ運ぶという目的こそ達成できましたが、運べる活魚の量に比べて場所や重さを取りすぎます。 魚料理にしても、活魚だからとそう大きく味が変わるようなものでもありませんから、これならば、水メイジと氷漬けで魚を運ぶ従来の方法の方がずっと洗練されています」 刺身ならば話は別かなという言葉は飲み込んで、リシャールは肩をすくめてみせた。ハルケギニアでは、海に面する地域でも生魚をそのまま食べることは一般的ではないと、セルフィーユで過ごしたこの一年数ヶ月で十分に理解している。 「もちろん、陛下にご興味を持って戴けたことは誉ですが……実態をお知りになればがっかりとされるのではないかと、心配でもあります」 獲れた魚を雇われたメイジが氷漬けにして、その氷を道中維持しながら消費地に運ぶにしても、ぎっしりと魚が詰まった氷ならかなりの量の魚介類を運べる。 しかし生け簀で活魚を運ぶリシャールの方法では、同じ重さの氷漬けで運べる魚の数百分の一にも満たない数しか運べなかった。従来の方法では竜篭と氷を維持するメイジ一人で済む量の魚を運ぶのには、空荷ならばワイン樽に換算した積載量が一千樽以上にも達する『ドラゴン・デュ・テーレ』でも足りないだろう。 「リシャール殿は謙虚であられますな?」 「いえ、割と欲張りだと思っていますよ。 今後の改良次第では商売になるかもと考えていますし……いまは、ちょっとだけ珍しいお土産にするのが精一杯ですけれどね」 「では、そのうちロンディニウムの市場にも活魚が流通する日は来ますかな?」 「ふふ、すぐには無理な気はしていますが、私の五代ぐらい後の子孫が上手くやっているかも知れません」 「では、私も精々長生きすることに致しましょう。 ……ああ、こちらです」 到着した通用門で待つこと十数分、荷馬車の列が門を通ってきた。 予め指示を受けていたのか、速度を落とした車列に兵士が取り付いて先導し、そのまま城内へと入っていく。別に用意されたらしい黒馬車を降りた艦長は、同行の乗組員らに指示をしてからこちらへとやってきた。途中で着替えたのか、礼装に身を包んでいる。 「閣下、無事の到着であります。 ……とは言いましても、道中でも通行を優先されるほど全てのお膳立てを調えていただいておりましたので、楽をさせていただきました」 「いえ、お疲れさまでした」 形式的なものだが、門衛の隊長である騎士に荷の到着と申し送りをし、再びエルバートに先導される。案内された練兵場らしき場所には、ジェームズ王を筆頭に、ウェールズにアンリエッタ、カトレアらが待っていた。 「おお、戻ってきたか」 手前に跪いて、エルバートに任せる。 城内車道は建物を大回りしているのか、馬車はまだ到着していなかった。 「陛下、今しばらく。馬車は既に城門をくぐっております」 「うむ。 時に……そちらに控えておるのは、ラ・ラメー卿ではないか?」 リシャールは、側に跪くラ・ラメーにちらりと目を向けた。 彼は緊張している様子もない。面を上げ、ジェームズ王の目配せに答えて立ち上がると、敬礼を捧げた。 「陛下、ご記憶の中に留めていただいていたとは、誠に光栄であります」 「お主のような名艦長、そうそう忘れられるものではないわ。 そちは退役したと聞いておったが、セルフィーユ子爵に拾われたのか?」 「はい、空海軍は退役いたしましたが、閣下がフネを任せると仰って下さいましたので、こうして今も軍服に身を包んでおります」 少々くたびれてはいるが、ラ・ラメーらが纏っているのはトリステイン空海軍の正式な艦長用の礼装だ。階級や軍制度などはそのまま取り入れたと、リシャールは聞かされている。創設から運用までの全てを丸投げしたのは確かだが、余計な手を入れるよりは遙かに良い結果を生んでいるはずだった。 王軍のそれを見本に、百合の代わりにセルフィーユを配したセルフィーユ領軍の階級章は、水兵や士官のものは領軍用に用意したものを流用していたが、ラ・ラメーの襟には何もついていない。領空海軍司令の階級章はもちろん作らせているが、まだ用意できていなかったのだ。再来月、感謝祭にて行われることに決まった領空海軍の発足式までには、間に合う予定である。代わりに彼の胸元には、空海軍時代に授与された従軍章や勲章の略綬がいくつか並んでいた。 「自分はウェールズ空軍中将です。 ラ・ラメー艦長の名は、父のみならず空軍の先達よりよく聞かされています」 「アレクサンドル・フランシス・ド・ラ・ラメーであります、殿下。 殿下の御差配にてセルフィーユ子爵閣下の元にフネがもたらされたと、お伺いいたしております。 このラ・ラメー、感謝に堪えませぬ」 旧知の仲らしいジェームズ王のみならずウェールズまでもがラ・ラメーに一目置き、賓客として立てているという事実に、自分ももっと敬意を払うべきだったかなと、リシャールはラ・ラメーをまじまじと見つめた。 空軍主体のアルビオンでは、他国の人間とは言えど名のある艦長は尊敬に値するものとされているようである。後になって、よくあれだけの大物を領軍に引き入れることができたねとウェールズに真顔で羨望され、大汗をかいたリシャールであった。 「おお、到着したようです」 雑談をすることしばし、到着した車列が皆の前で止まり、生け簀が降ろされた。誰かが気をきかせたのか、従者が台座を用意している。 「エルバート殿、申し訳ありませんが貴顕の方々に風の守りをお願いできますか?」 「リシャール殿?」 「ふむ、リシャール君、あの生け簀には何かしらの危険があるのか?」 聞き逃せなかったのか、ウェールズがこちらを振り返った。 「いえ……危険、ではないのですが、魚が跳ねてお顔やお召し物を汚す不敬があったりするかもしれないと、少し心配なんです」 「なるほど、そういうことでありますか。 では自分が失礼して……」 確かに身の安全という点では、マリーまで含めて魚を見るだけならば危険はなかった。自分の首がどうなるかが、リシャールとしては問題なのである。 「ふむ、よいではないか。 ハヴィランドの中庭に居ながら魚が跳ねて海水を浴びたなど、自慢話の一つにもなろうて」 ジェームズ王の一言に、洒落で済ませてもらえるらしいと胸をなで下ろしたリシャールは、一礼して生け簀まで先回りをすると、自領空海軍の水兵に頷いて蓋を取らせた。先ほど確かめたときと同じく、中の魚は大丈夫なようである。馬車での移動に興奮したのか、勢いよく泳いでいるものもいた。 イワシなどの小魚は、ここには持ち込んでいない。実験した時に、平均して長生きをしていた中型の魚類を中心に選んであった。 「どうぞ、皆様方」 「ほう、確かに泳いでおるな。 ロンディニウムにて泳ぐ海魚などを見るとは、想像もせなんだわ」 長生きはするものだと、ジェ−ムズは楽しげに頷いた。 「技術的にはどうなっているんだい、リシャール君?」 「はい、ウェールズ様。 仕掛けそのものは、実は大したことはありません」 大桶と小さな風車、濾過器など、生け簀そのものには大した仕掛けは使っていない。田舎町の職人でも、仕様をきちんと説明すれば作ることが出来るはずだ。 ただ、一度に運べる量は少ないし、魚を捕まえてくる漁師や大元となる岸辺に組んだ生け簀、そして移動手段となる高速船、更には夏場に水温を維持する水メイジなどまでを考えに入れると、一匹の活魚にかける費用としては常識を疑う金額になる。元が取れる金額で魚が売れるとは、リシャールには思えない。 今回にしてもマスケット銃の納入という任務に便乗しているわけで、フリゲートを活魚輸送専用に使うなど、勿体ないにも程があった。 これでは明らかに商売にはならず、ちょっと変わったお土産にするしかないのですと、リシャールはウェールズに語った。 「なるほど。 しかし、お土産には出来るわけだ。 ……うちのフネにも取り付けは出来るかね?」 「はい、大丈夫です。 アルビオン航路にて専業で魚を運ぶならば、トリステインの……そうですね、ラ・ロシェール近辺の漁村に生け簀を備えておけば、距離も近くて済むと思います。 魚に強い商会にお命じになれば、そう複雑なことにはならないでしょう。 ただ、魚は生き物ですから、必要量の魚をいつでも確保出来ると限らず、また、命じられてすぐに用意できないと言うのも少々問題でして……」 「リシャール、トリスタニアには活きたお魚は来ないのかしら?」 アンリエッタにもねだられてしまったが、これは折り込み済みである。 「はい、『アン』様。 前もってお命じくだされば、大丈夫です」 常に大量の魚を確保出来るようにもしたいところだったが、今の段階では無理だった。知らせが届いてすぐに出発とは行かない。 自分が知っている知識でも、やはりそれなりの基盤が無くては魔法の支えがあってもおいそれとは効果をもたらさなかった。 このあたりは、ハルケギニアの知識と知恵で開墾されたラ・クラルテ村の農業の方が、一歩も二歩も目標に近づいている。こちらは子爵家の新農地で試されている休閑地を作らない輪作のようなものは持ち込まなかったが、開墾には人馬の力だけでなくメイジが投入されていた。魔法による土壌改良の恩恵で、一部の畑では今年からの麦の収穫さえ見込まれている。 対して漁業の方では、生け簀のおかげで休漁時にも周辺に魚を売りに出ることは出来るようになったものの、大きな進展はなかった。リシャールの思いつきによる活魚輸送の影響などもあり、総じて活況になっていることだけは幸いだ。 「しかし……父上には困ったものだ」 肩をすくめるウェールズに促されて生け簀に目を向けると、童心を刺激されたのか、ジェームズ王が袖をまくって手網を持ち、魚を捕らえようとしているのが目に映った。 リシャールが用意した魚は一旦王家に献上された後、食べ切れそうにない分は調理場で活け締めにして、馬車が用意されてロンディニウム在住の貴族達に下賜されていった。手間に比べれば極少量とは言え、全部あわせれば百数十匹は持ち込んでいたから、かなりの面目は施せたようである。 夕刻には、規模は小さいながらもジェームズ王の主催で夜会が開かれたが、幸いにして慌てすぎることもなく、無事に過ごすことが出来た。夜には『アン』の密命も無事に終わったようである。話の内容まではリシャールには知らされなかったが、王家同士の秘密会談など、知らずに済むならそれにこしたことはない。 翌日はウェールズに招待を受けて、引き渡されたマスケット銃を装備した連隊の本部を訪ねたり、王立の錬金工房を見学したりしているうちに日が暮れた。公務同然のリシャールと同じく、カトレアやアンらもお茶会という名の社交で一日が終わったとは、後ほど聞かされた話である。 滞在三日目はお忍びでロンディニウム市街へと出かける予定であったが、お忍びには違いなくとも、前後を護衛の騎士に挟まれての大名行列になってしまった。ウェールズ……もとい、『ウェセックス伯爵』がさも当然という顔で車止めに現れては、致し方あるまい。 目立つことと引き替えに、アンリエッタの身がより安全になったことだけは救いだろうか。前回の訪問では時間の都合で訪れることが出来かなかった平民向けの露天市場なども回ってみたかったが、こちらは諦めるよりなさそうである。 車内では人目も気にならないようで、ウェールズとアンリエッタの仲の良さに当てられて、リシャールはカトレアと二人、顔を見合わせて苦笑せざるを得なかった。 「一昨日はあまり気にならなかったけれど、馬車からの眺めはトリスタニアと少し違うかしら?」 「ふむ、僕はトリスタニアには一度行ったきりだからなあ。 リシャール君はどう思う?」 「はい、お国柄による違いもありましょうが、ロンディニウムとトリスタニアでは好みや流行が違っているのかと思います。 店舗で申しますと、トリスタニアの看板は飾りにこだわる店が多いのに対し、ロンディニウムでは意匠そのものに気を使った店が多いと見受けます」 最近は自ら店に足を運ぶ機会も少なくなったが、店構えやちらりと見える内装などは、やはり気になるリシャールであった。 同じ靴屋の軒看板でも、トリスタニアではブーツを表した画一的な意匠が大半を占めるが、周囲に透かし彫りや飾り文字を入れて目立たせている店が多い。対してロンディニウムのそれは、看板本体は四角や六角、円形と、形状のバリエーションは少ないが、屋号などと共にそこに入る絵柄はブーツだけでなくサンダルや木靴など様々な工夫がなされている、と言った具合である。 他にも、国の違いに関わらず都市部は文字を入れる店が多いとか、田舎ではシンプルな看板が好まれると言った差違もあるが、これはまあいいだろう。 「もちろん、お店の中はお国柄よりも店主の個性が現れるとは思いますけれど……」 「なるほど、確かに。 流石に君はよく見ているようだね。 ……ああ、ここだ。 このタルコット商会は、細工物に関しては国内でも有数の名工を何人も抱えている店でね。 『アン』、君の気に入る物があればよいのだが……」 「まあ、嬉しゅうございますわ、『伯爵』様」 馬車が止まったのは、王室御用達の看板を掲げている宝飾店だった。立派ではあっても、無駄に敷居の高さを感じさせるような雰囲気はない。良い意味で老舗でもあるのだろう、時代がかった重厚な扉は丁寧に磨かれている。 ウェールズと二人、先に降りてご婦人方の手を取り馬車から降ろす間に従者が店へと知らせに走り、騎士達は騎乗警護の配置を解いて周囲に散開した。 「カトレア様、マリーお嬢様はお連れになりますか?」 「そうね……。 『アン』様についていた方がいいかしら?」 「ああ、マリーは僕が預かるよ。 泣きだすようなら外に出ることにするから」 「じゃあ、お願いね」 マリーは元より人見知りをしない方で外に出るのも好きだが、加えてカトレアが見える範囲にいるならそう機嫌を崩したりはしない。おそらくは、店の中でも静かにしていられるだろう。 リシャールはヴァレリーからマリーを受け取ると、両手でしっかり抱きかかえた。まだまだ重いと言うほどではないが、最初に抱いたときのような、心配になるほどふわふわとした印象はない。髪などを引っ張られると、もう痛いぐらいの力がある。 「あー?」 「そうだよー、マリーも一緒に行くよー」 もちろんヴァレリーに任せてもいいし、ベビー用のかごなども用意しているが、公務などでない場合はリシャールが抱いていることも多い。そうでなくとも普段昼間は城にいないので、マリーと過ごす時間が少ないことを気にしていたから、なにかと理由をつけてはスキンシップの機会を増やそうと苦心していた。 少し遅れて中に入ると、狭苦しくならない程度にガラス造りのケースが並び、間を赤絨毯が走っている。高い天井には魔法の照明が取り付けられ、店内を照らしていた。現代日本でも十分に通用しそうな構えである。 「あう」 「うんうん、あっちがいいの?」 マリーがあちらこちらを見回しているので、リシャールは彼女の視線にまかせて店内を歩き出した。 やはり女性向けの物が多いが、カフスなどの男性向けの品も混じっている。 値札がないので想像でしかないが、割に価格の上下は開きがあるようで、同系統のものが数多く並んでいる飾り棚から、明らかに銘のある一点物と思われる、それこそ『ドラゴン・デュ・テーレ』が買えるかもしれないほど大きな宝石が幾つもついた首飾りなども飾られていた。 「あっ、あっ!」 「ん? うーん、あそこはちょっと手が届かないよ」 「ううー」 マリーの視線を追いかけると、柱の上の方にガーゴイルが鎮座している。店員に声を掛けて魔法で浮遊すれば近くで見せてやれるだろうが、あまり行儀のいい行いではないだろう。 それに本物の魔法人形の可能性が高いかなと、四方を見回してみる。全部で八体、王家御用達で高級品を扱う店としては当然の守りかもしれなかった。 「お母さんはどこかなー?」 「あう?」 マリーの機嫌をとりながらカトレアらを探すと、奥まった商談席であれこれと賑やかにしている。 「『伯爵』様、どちらがよろしいかしら?」 「うーん、君の……その、金の髪に似合うのはあちらだけど、こちらはこちらで似合いそうだね。 支配人、この品に雰囲気が近い、細工違いのものを幾つか見せてくれるかね?」 「はい、ただいま」 「今着ているドレスには、先ほど見せていただいたものよりもこちらの方が映えそうかしら……。 カトレア殿はどう思います?」 「普段使いにするならばこちら、夜会などで身につけるならそちらかしら? 少し落ち着いた色味のドレスなら、あちらの品も見栄えがよろしい気がしますわ」 ちらりと目を向けると、飾り台の上に載せられているのは首飾りで、ウェールズと支配人らしき男性が次に試用するものを選び、カトレアとメイド姿の店員がアンリエッタを飾っては意見を交換しているようだ。 王家御用達の名店と言えど、何も受注生産ばかりをしているわけではないようで、接客台にはかなりの数の品物が並べられていた。客が夜会前に店に立ち寄って新しい恋人へと髪飾りや指輪を贈ろうとするなら、注文して出来上がりを待つというわけにはいかないのだ。他にも、古物的価値や由来のある品も取り扱われているはずだ。歴史物語に出てくるような姫君が所持していた品ならば、その名に肖って値も跳ね上がる。 リシャールも多少は興味を持ってアンリエッタらのやり取りを見守っていたが、どちらかと言えば作り手としての興味と、カトレアに贈れそうな品はないかという気持ちが強く、やはり自身を飾ろうという気にはなれなかった。 「わうー」 「もう少し大きくなったら、マリーも欲しがるんだろうなあ……」 「むー?」 あちらは長くなりそうだとひとしきり考えてから、リシャールはそっと店員を呼んだ。 「はい、若様?」 「申し訳ない、少々相談が……」 半ばはアンリエッタの護衛だとしても、妻と宝飾店に来て何もなしとは流石に心苦しい。 少しくらいは甲斐性を見せておこうかと、リシャールはカトレアに贈る品を選ぶことにしたのだ。 タルコット商会には少々どころではなく長居をしたが、二人の女性がそれぞれに喜びを露わにしていたのは幸いである。帰り際、アンリエッタの胸元には精緻な金銀細工に惜しげもなくサファイアの使われた首飾りが、カトレアの耳にはプラチナ台にダイアモンドの光る耳飾りが、それぞれ輝いていた。 あとは帰国まで、この平穏と無事が続くことを願うばかりである。 ←PREV INDEX NEXT→ |