マリア様が見てる 予想SS つぼみ達の午後
「つぼみ達の午後」〜瞳子〜





※このSSはマリみての第20巻あたりが発売された頃……というと2011年である現在から振り返るとかなりの大昔になりますが、その頃に書きました
 無論、今では完全なifになってしまいましたが、当時は祐巳ちゃんの妹はどっちだろうと、日夜激論を交わしていたものです
 前も続きもありませんが、ふと懐かしく思い出しましたのでこっそりと掲載しておきます



 秋も深まってきた。
 修学旅行も文化祭も終わって、祐巳個人としても、紅薔薇のつぼみとしてもようやく一段落、といったところ。
 お姉さまの進路問題は気になるにしても、祐巳が口に出すわけにも行かず、さりとて、聞く勇気も沸いてこない。
「どうぞ、お姉さま」
「ありがと、可南子ちゃ……。可奈子」
「はい」
 親しい間柄にだけ許された特権ではあるが、妹を呼び捨てにする事に未だ慣れない祐巳であった。
 まだ少しぎくしゃくしているけど、何とかなる。少しずつ、少しずつすりあわせていこう。
 祐巳とお姉さまがそうであったように。
 包み込むのが姉、支えるのが妹。
 いつだったかお姉さまから聞かせてもらった言葉が、いつにもなく心を満たしてくれる。
 視線を感じて顔を上げると、お姉さまと目があった。
 ずっとこちらを見ていらっしゃったらしい。
 祐巳はふと気がつく。
 姉に見守られながら、なおかつ妹も可愛がることの出来る貴重な時間は、後四ヶ月もないのだ、と。
 今は少しでも幸せをかみしめていよう。
 泣きそうになるのを抑えながら、祐巳はお姉さまにせいいっぱいの微笑みを返した。

 そして……。
(なんだかいつもにもまして……恐い)
 今、目の前には祐巳以上に深刻な問題に直面している人が座っている。
 しかも、あからさまに不機嫌モードである。
 志摩子さんと乃梨子ちゃんは、さりげなく、いつもより少し離れた場所に椅子を移動している。
 令さまはいつものこと、といった感じで文庫本を片手に紅茶を飲んでいらっしゃるし、お姉さまも我感せず、お菓子を口にしていらっしゃる。
 ちなみにお菓子は、またまた江利子様から頂いた生菓子。
 今度は時間がないぞ、との念押しであろう。
 由乃さんにとっては、腹立たしいことこの上ないに違いない。
「もう、こうなったらしょうがない!」
 薔薇の館に来てから一言も喋らなかった由乃さんが、おもむろに立ち上がった。
「どうしたの、由乃さん?」
「……由乃?」
 令さまや志摩子さんが疑問を投げかける。
 ……しかし、祐巳だけは知っている。江利子様との約束の日は、もう明日なのだ。
「瞳子ちゃん、あなた今日から私の妹ね。もう決めたから」
「・・・は!?」
「はい、これロザリオ。それから土曜日の予定は開けておいて」
 誰もが呆然と見守るなか、由乃さんはロザリオを瞳子ちゃんに押しつけた。
 祐巳の妹である可南子もやはり呆けている。
「よ、由乃さま!」
「な、あ、に?」
 由乃さんは文句あるか、って感じで腰に手をあて、偉そうにしている。
 そんな頼み方ってないわよ、と心の中で祐巳はつっこみを入れた。
「あの、わ、私なんかでいいんですか……?」
 お、珍しく弱気な瞳子ちゃん。由乃さんに毒気を抜かれたのかな?
「もちろん」
 語気も荒く応じる由乃さん。
「あなたの良いところも悪いところも知ってるつもりよ。
 ……だって、勢いで走るところや強気なところ、私にそっくりなんだもの。
 二人で走れば恐いことなんか何もない、って思わない?」
「……由乃さま」
「ロザリオ、受けてくれるわねっ」
 って、瞳子ちゃんが泣いてる!?
「……はい」
「うむ、よろしい」
 うわー、うわー、うわー。
 ギャラリーが声一つ出せない中、由乃さんは暴走してそのまま押し切ってしまった。
「私、由乃さまには嫌われてるとばかり思ってました……」
 由乃さんが瞳子ちゃんを軽く抱いて慰めている。
 祐巳は心の中で拍手を送った。

 そんなわけでなし崩し的にその日の集まりは流れてしまった。
 こういうイベントや事件があると、仕事にならないことは、皆分かり切っている。
 そして、姉妹達に分かれて絆を確かめるのだ。
 黄薔薇姉妹は、さっきの勢いそのままに令さまを加えて盛り上がったまま、帰っていった。
 紅薔薇姉妹は、薔薇の館で三人揃ってもう一杯づつお茶を飲んでいる。
 そして、白薔薇姉妹は銀杏の並木を二人きりで歩いている。
「あーあ、瞳子が泣くとは思わなかった」
「そうね。でもうれし涙だからいいのではなくて?」
「そうだね」
 相づちを打った乃梨子がふと足を止めた。
「……ねえ、志摩子さん」
「なに?」
「由乃さまと瞳子がいっしょに暴走したら、止められるかな?」
「……その時になってみないとわからないわね」
 少し重いため息が、二つ重なった。

(了)